拾い食いと切腹するバッタ 23:27 2022/07/01 20:18 2022/05/24  木更木の前にバッタが落ちていた。  バッタは自力で立つ事もままならず、境内の石畳の上に横たわっている。時々脚を動かす様から、まだ死んではいないようだった。  バッタは、見ただけで青々とした味が口の中に広がるような鮮やかな緑色をしていた。その色合いからは、木更木の知己であるバッタの妖怪が分身として使うものとは異なるようである。この山で生まれ、この山で生きてきた、ごく普通の、当たり前のバッタだった。  木更木は一目見て、このバッタを食べる事に決めた。  木更木は死に掛けたバッタの傍らに膝を折ってしゃがみこむと、人差し指と親指でその頭を摘まんで持ち上げた。バッタは脚と翅を忙しなく動かして木更木の手から逃れようとしたが、少ししてその動きは弱くなり、そのうちにほとんど認められなくなった。木更木はバッタを摘まんだ手を自らの顔の高さまで持ち上げると、バッタの複眼を作る個眼同士の境界まで見えるほどに顔を近付けてバッタを見た。  このバッタは木更木の行動如何に関わらず、もうすぐに死んでしまうだろう。  ただ、木更木には眼前のバッタに差し迫る死因が分からなかった。例えば、このバッタが死に至るのが、何らかの病気の為だったとして、その病がバッタを喰った木更木にも感染するものだったとしても、木更木には関係はない。木更木には強靭な生命力と肉体を再生させる術があり、外科的な手術を自らに施す事もできる。木更木がこのバッタの死を気にするのは、純粋な好奇心からだった。  力尽きてから喰われるのと、生きたまま今すぐに喰われるのとで、このバッタにとっての死の意味に変化はあるだろうか。バッタの記憶を読んでも、覚えていられる事の少ない虫の記憶からは、バッタの死生観は読み取れない。  木更木の指の間で、バッタはまた激しく身体を暴れさせた。そして、すぐにまた大人しくなる。  木更木は指先に力を込め、バッタの頭を潰した。そして、胴体を折り潰しながら口の中へ押し込む。バッタの脚に生えた短く硬いトゲが口の中に細かい傷を作るのを感じながら咀嚼する。青臭い、見た目に感じた通りの味だった。奥歯で磨り潰されたバッタを飲み下すのに合わせて、結界は口の中に残る青い味も流してしまう。  バッタがここに存在していた事を示すものが何もかもなくなってしまってから、木更木は自分に向かってくる気配に気付いた。気配や足音から、相手が何の生物であるのか、体長や体重はどの程度か、見当をつけていく。そして、予想通り、木更木の視界に現れたのはユーザだった。 「やぁー、ユーザさん。お待ちしておりました」  胃の中に落ち込んだバッタの複眼を思い出し、ユーザの眼を覗く。 「そうそう。ユーザさんは、自分が死ぬ時に、こーゆう死に方がしてぇなぁ、ってのはありますかね?」  死に様など、自分自身のものですらどうでも良いと思う。しかし、今日のバッタのように、目の前にユーザが落ちていた時は、これから聞く答えの通りにしてやろう。木更木はそう思いつつ、目を細めてユーザの答えを待った。