子守唄  妹が何かを呟いている。しばらく聴いていると、それは歌のようだった。囁くようなか細い声が涼しげだった。 「寝る時に、お母さんが歌ってくれてた」 「良く覚えているな」 「完成は覚えてないの?」 「ああ」  楠鴫が母親について覚えているのは、薄く肉の付いた腕の肌色くらいだった。 「なんていう歌なんだろう」  妹は誰に問いかけるでもなく独り言ちた。子守唄だったと教えられてなおこの歌に覚えのない楠鴫には、妹の疑問に答えられる筈もなかった。 「もう少し歌ってみろ」  どれだけ聴いてみたところで、この歌を思い出すことはできないだろう。楠鴫にはそういう諦めがあった。  それでも楠鴫は妹の歌を聴きたいと思った。妹の歌に忘れてしまった母親を感じたのかもしれなかった。  妹は頷く代わりにまた歌い始める。変わらず小声でよく聞き取れなかったが、楠鴫にはそれが丁度良かった。  目覚めたばかりで気怠い身体に柔らかなソファが今さらになって心地良く、自分の身体がどこまでも沈み込んでいくような錯覚に陥った。  薄目でぼやけた妹の輪郭を眺めながら、楠鴫は、自分が一人きりで生まれてきてしまったような、どうしようもない寂しさを感じていた。